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札幌地方裁判所 昭和38年(む)657号 判決 1963年5月17日

被疑者 森尾昇

申立人 山崎昇

決  定

(申立人氏名略)

(右代理人弁護士氏名略)

被疑者森尾昇に対する公職選挙法違反被疑事件につき、岩内簡易裁判所裁判官が昭和三八年四月一六日付で発付した捜索差押許可状のうち差押許可の裁判および右許可状により同日岩内警察署司法警察職員がなした末尾添付の押収品目録写記載の各物件についての差押処分に対し、右代理人から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は審理のうえ、次のとおり決定する。

主文

本件申立はいずれもこれを棄却する。

理由

一、本件申立の趣旨および理由は末尾添付の申立書写記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

二、取寄せにかかる資料によれば、岩内簡易裁判所裁判官中田二郎は、被疑者森尾昇に対する公職選挙法違反被疑事件につき、岩内警察署司法警察員中村由蔵の請求により、昭和三八年四月一六日付をもつて、被疑者を「森尾昇」、罪名を「公職選挙法違反」、捜索すべき場所を「札幌市北三条西五丁目北海道庁内全北海道庁職員組合事務所」、差し押えるべき物を「一、金銭出納帳及金銭出納に関する伝票証拠書類その他経理に関する帳簿並びに徴票類 二、出張命令簿その他出張に関する書類 三、小切手帳 四、預金通帳 五、銀行関係通帳 六、機関紙紙類 七、小冊子(郷土後志) 八、組合員名簿 九、会議関係書類 一〇、議事録 一一、選挙運動に関する行動計画指示報告などに関する通達類その他本件に関するメモ手帳類」、有効期間を「昭和三八年四月二三日まで」とする捜索差押許可状を発付し、岩内警察署司法警察員警部補喜多成治および同署司法巡査高橋清次が、右令状に基き、その有効期間内である同月一六日右令状に示された捜索場所において捜索し、末尾添付の押収品目録写記載の各物件を差し押え、右差押は現に継続中であることが認められる。

三、弁護人らは、まず、本件許可状に記載された「公職選挙法違反」という罪名では罪名が特定されたとはいえず、従つて本件許可状には刑事訴訟法二一九条に規定する罪名の記載がなかつたというべきであり、違法たるを免れないと主張するので、以下この点につき判断する。

そもそも差押は物の占有の取得継続を目的とする強制処分であるが、憲法三五条は、かかる強制処分をうける者の所持の安全を保障するため、捜査機関が差押をなすには、同法三三条の場合を除き、司法官憲が正当な理由に基いて発するところの押収する物を明示した令状によらなければならない旨を規定し、かつ、刑事訴訟法二一九条は右憲法三五条の規定をうけて、右令状には罪名を記載すべきことを要求している。ところで、右令状に罪名の記載が要求せられている理由は、右令状が憲法三五条にいわゆる正当な理由に基いて発せられたものであることを結論的に表示するとともに、令状がいかなる被疑事件につき発せられたものであるかを明らかにし、これを特定することによつて、令状が捜査機関によりほしいままに他の事件に流用されることを防止し、もつて相手方の所持の安全を保障しようとする趣旨に出たものであることは否定できないところである。しかしながら、罪名はしよせん犯罪の名称にしか過ぎないからこれによつて被疑事件を特定するといつても必ずしも十分なる効果を挙げることは困難であるというべく、もし法が被疑事件を厳格に特定し、これによつて捜査機関による差押権限の逸脱濫用を防止しようとしたものであるとすれば、差押令状にも逮捕状の場合と同様(憲法三三条、刑事訴訟法二〇〇条参照)罪名のほか被疑事実の記載をも要求すべきである。ところが、差押令状については被疑事実の記載を求めず、罪名の記載のみをもつて被疑事件の特定性を明らかにしようとしているに止まつているのである。かかる差異が設けられた所以のものは、一方捜索差押が多くの場合逮捕の前提として行われるものであるとともに、捜索差押の場所、物件は必ずしも被疑者の住居物件等に限られず、第三者の住居物件等の場合もあるから、捜査上特に秘密保持の必要があること、他方逮捕状の場合には防禦の対象を明らかにして、令状記載の被疑事実につき被疑者をして十分なる弁解や主張をさせ、誤まつた拘束から直ちに解放されるために被疑事実の記載がきわめて重要な意義をもつているのに対し、差押令状の場合にはいかに罪名、罰条、被疑事実等の記載によつて、被疑事件を厳格に特定しても、差し押えるべき物の特定明示において欠けるところがあるならば、到底差押権限の範囲を明確になし得ず、捜査機関による権限の逸脱濫用を防止することの困難であることはいうまでもないところであるから、捜査機関の差押権限の逸脱濫用を防止しようとする法の目的は、主として令状中における差押物件の特定明示によつて、これを達成しようとしている点にあるものと考えられる。要するに、法は差押令状中における罪名の記載には、必ずしも重要な意義を認めず、差押物件の特定をはかるうえで第二次的な役割を期待しているにすぎないものと解するのが相当である。そうだとすれば、差押令状中に記載すべき罪名は、公職選挙法違反のごとく幾種類もの構成要件を規定する法律の違反事件においては、その何条違反の罪であるかを推認し得る程度に、具体的に当該法条を掲げる等の方法により、他の同法違反の罪と区別し得るように、その罪名を記載することが望ましいことではあるが、単に公職選挙法違反と記載したとしても、その一事をもつてただちにこれを違法のものとなすことはできないと解すべきである(最高裁判所昭和三三年(し)一六号・同年七月二九日大法廷決定・刑集一二巻一二号二七七六頁参照)。従つて、この点に関する弁護人らの主張は理由がない。

四、次に、弁護人らは、本件許可状は、差押えるべき物件の特定に欠けるところがあり、この点においても違法である旨を主張するので、右主張につき考える。

まず弁護人らは、本件令状中における差押えるべき物のうち第一項ないし第六項、第八項ないし第一〇項に記載された各物件は労働組合である全北海道庁職員組合がその日常の行動において必要とするものであるが、本件令状はなんら犯罪との関係を明らかにせず、全く無限定にこれらの物件を押収すべき物と記載しているとの理由で、差押物件の特定がなされていない旨主張するので判断するに、前述したように、法は主として令状中における差押物件の特定明示により、捜査機関に付与すべき差押権限の範囲を明確にし、これによつて捜査機関による権限の逸脱濫用を防止しようとしているのであつて、差押物件の記載による人権保障的機能についてはきわめて重要な意義を認めているのであるから、本件のように差押の対象が文書である場合にはできる限り一々個別的に表題、形状、作成者、日付等を示す等の方法により具体的な特定明示を期することが法の理想とするところというべきである。しかしながら、捜査の段階では被疑事実も未だ明確でなく、証拠物も明確に特定できないまま捜索差押の必要が存する場合が少くなく、かかる段階において、差し押える物件を一々個別的に特定することは時に不能を強いるに近く、かりに不可能でないにしても、これを要求したのでは捜査の合目的的能率的遂行に重大な支障をきたす虞のあることが少くない。従つて、前述の法が令状中に差押物件を特定明示すべきことを要求している根本意義を没却しないかぎり、差押物件をある程度概括的、抽象的に特定記載することもやむを得ないところであるといわなければならない。これを本件についてみるに、差し押えるべき文書を種類別に一一項目に分けて特定記載しているのであつて、さらに各項目毎に差押物件を細分特定することはほとんど不可能であり、また本件程度の概括的記載ならば、叙上の令状中における差押物件記載の根本意義を没却する虞はないというべきであるから、差押物件の特定明示において欠けるところはないと解するのが相当である。

次に、弁護人らは差押物件の表示として第一一項に「・・・その他本件に関するメモ、手帳類」とあるが、「本件」の内容が不明であるから、差押物件が不特定であると主張するので判断するに、「・・・その他本件に関するメモ、手帳類」という文言は同一項目中に記載されている「選挙運動に関する行動計画指示報告などに関する通達類」という具体的表示に附加されたものであつて、右文書に準ずべきメモ、手帳類を指示するものであることが明白であり、差押処分に際し、事件と全く関係のない文書類と混同する虞のない表示方法と解されるので、この点においても、差押物件の特定を欠く旨の弁護人らの主張は理由がないというべきである。

五、以上述べたように、本件許可状には弁護人らの主張のごとき瑕疵はなく、また本件差押処分に際し、捜査機関が権限を逸脱濫用し、許可状に記載された差押物件の範囲を越えて差押をなしたとか、その他違法不当な差押をしたと認めるべきなんらの資料も存しないのであつて、本件捜索差押許可状による差押許可の裁判および右令状による差押処分にはなんらの違法もなく、相当であるから、その取消を求める本件申立は理由がなく、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項に従い、いずれもこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 辻三雄 角谷三千夫 高升五十雄)

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